癸亥の有名人!明石家さんま1955年7月1日の風景と性格&運勢

60・癸亥の日生まれの有名人

明石家さんまさんは、1955年7月1日が誕生日ですが、長期間に渡って活躍できているのはなぜ?そしてどんなところに園田秘訣はあるのか?性格や運勢を四柱推命占いで簡単にですが想像してみたいと思います。

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明石家さんま1955年7月1日の命式

年 乙未(己) 食神 偏官 墓
月 壬午(丁) 劫財 偏財 絶
日 癸亥(壬) **** 劫財 帝旺

空亡:子丑空亡

明石家さんま1955年7月1日の大運

07:壬午 劫財・絶
17:辛巳 偏印・胎
27:庚辰 印綬・養
37:己卯 偏官・長生 
47:戊寅 正官・沐浴
57:丁丑 偏財・冠帯
67:丙子 正財・建禄
77:乙亥 食神・帝旺

明石家さんま1955年7月1日の風景

真夏(午月)生まれの癸。

癸は陰の水星で井戸水や雨がイメージです。

でも、癸水は亥に根があるのでたっぷりの水量があり、月柱の上にある壬の陽の水もあり、川や湖などを想像させる大きな風景となっています。

癸亥・壬の海や湖の水平線から、午火の太陽が昇ろうとしています。

年柱の上には、乙のお花が顔をだし、未の土・土地に植えられて、花畑が広がっている6月・午月、夏の季節のきれいな風景を想像します。

明石家さんま1955年7月1日の性格

癸は井戸水がイメージですから、水を汲みに来る人をじっと待っていて、水を汲みに来た人はこばみません。
そのことから、表面的には控えめな性格で、みんなに優しい人、でしゃばる性格ではありません。

癸・亥・壬の大きな川や湖で、エネルギーがたっぷりですから、存在感はありますし、行動力もあり面倒見の良い人でしょう。

周囲には未土の大地が広がり、川や湖の土手となって水の流れを調整していますし、午火の太陽もあり、常識をわきまえて行動します。

乙木は、通変星は「食神」で自己アピール、「しゃべる」となり、乙の植物が植えられたきれいな風景が広がる、生まれつき運勢が強い誕生日となっています。
空亡は子丑の初代運となっていて、自分で運を切り開いていく人です。

常に向上心を持って行動する、活発な自立独立型の人生となります。

癸からみた通変星の意味

癸水:比肩・自分です。
壬水:劫財・兄弟や友人・同僚とみます。

甲・乙:食神・傷官・表現力・自己アピールの星。

丙・丁:財星・お金や人脈・社交性の星。

戊・己:官星・自己抑制・仕事の星

庚・辛:印星・母親・両親・知性・才能・

明石家さんまさんの誕生日・三柱には、庚・辛金の印星がありません。

印星は、親や上司を表しますが、明石家さんまさんの誕生日には、印星がありませんので、自分自身の力で運を切り開く、挑戦する人生となります。

ただ、月上に壬の劫財がありますから、自分だけの個人プレーではなく、友人や同僚、仲間の協力を得て、成功することになります。

月上と日支に劫財があり、帝旺のエネルギーとなりますが、自分で起業する中小企業の社長に大変多い、誕生日となっています。

日柱が癸水は井戸水ですから、性格は素直、率直で控えめな人です。
でも、月柱は壬水の劫財と丁火の偏財の組み合わせになっていますから、表の顔仕事と裏の顔・プライベートはしっかりと分ける傾向があります。

月支の偏財が生き方や考え方のベースとなります。
偏財は、お金でも流通するお金を表し、人の中で生きたい人、社交的で、奉仕精神やサービス精神が旺盛な性格の傾向が強いです。

存在感があり、人やお金を引き寄せる才能を持っていて、人気運があります。

偏財は流通するお金とみます。
この星が強いときは大きなお金を動かすことができます。

月上には劫財がありますから、集団で行動することを好みます。

年にある、乙木の食神は食べることに困らないという意味を持ち、口であり、おしゃべりを司ります。

月柱に、壬丁の明暗合があります。

丁壬の干合は木に変化すると言われます。

月柱は、中年期の運をみるとされますが、丁壬の干合があると、女性との縁が多いとされ、結婚が落ち着かない傾向が想像されます。

月支は元命と言われ、自分の生き方の根本的な場所となります。
結婚をとるか、仕事をとるか、両方同時に選ぶことができないなどと考えることが見えてきます。

妻の場所とされる日支に「劫財」があり、自分の表の顔の月柱の上も「劫財」がありますから、結婚する相手は、仕事に対しての価値観や姿勢は似ている人を選ぶ傾向があります。

年柱は20歳くらいまでの初年運

年柱は、乙木の食神と未土の偏官となっています。

未土の偏官を乙木で柔らかく耕して、お花畑の風景です。
未土7月の夏の乾燥した土ですが、壬・癸・亥と水の量がたっぷりありますから、乙のお花は潤いがありキレイに咲いて、美しい風景となっています。

偏官は凶星とされますが、偏官は攻撃本能が強い、軍人や警察官の星と表現され、バランスが良い時は、バイタリティあふれる行動力が活かせる!成功するためには必要な組み合わせと見ることができます。

月柱は30代~40代の中年運

壬水の劫財と丁火の財・偏財の組み合わせとなっています。

性格は表の顔と裏の顔の二面性を持ち、本音と建前を使い分けるところがあるかもしれません。

月柱の十二運は「絶」

明石家さんまさんは、癸水の夏生まれなので、水は蒸発しやすいと想像されることから、十二運は「絶」となっています。
でも、壬・癸・亥と水のエネルギーが3個ありますから、社会運が弱いとは考えなくて良いでしょう。

むしろ、大運の季節の巡り方によって運勢を見ますので、成功する人は、月柱に「絶」を持つ人が多いです。

絶は、幼少期に病弱だったり、精神面や金銭的に苦労する環境で育つことが多く、自分で運を切り開こうという気持ちが強くなり、自分の力を発揮できる世界には向いています。

明石家さんまさんにとって、「噺家」という職業は年上の乙木の食神の表現力・発散のエネルギーを使ったもので、持って生まれた才能なのでしょうか?

1955年7月1日生まれは、サービス業向き、飲食業などで、起業しても良いのですが、比肩・劫財・劫財の組み合わせは、金銭管理がおおざっぱでどんぶり勘定だったり、人に利用されて保証人の印鑑をおして、他人の謝金を返すことになったりして、自営の場合は失敗するほうが多いです。

大運では8歳~27歳で、金星の印運が巡って、目上からの援助や支援を受けることができます。

18~27歳の大運

・庚辰の印綬運は、目上の人からの援助であり、知識や教養を身に着ける・に学ぶ、という足元を固める時期となります。

28~37歳は「己卯」

己卯・偏官
亥卯未の三合木局する運。

これは乙木の食傷のエネルギーが強く働き、自己アピール・目立ちたい!という気持ちが非常に強くなり、表現方法に磨きがかかります。

38~47歳は「戊寅」

戊土の高い山の上に、乙・寅のしっかりと根を持つ植物が植え替えられ、遠くからでも眺められるようになりました。

戊寅はり、日干支の植物が癸亥と、「天地徳合」という関係となります。
亥卯未の三合木局・戊癸の干合、亥と寅の支合と人との縁が広がり、自分の努力以上にスムーズに物事が運びます。

48-67歳で天干は財、地支は空亡となっています。

この時期は節木運でもあり、大きな変化が起こりやすい時期かもしれないと、想像します。

58歳~67歳・丙子

丙子・正財
月干と大運は、天戦地冲
壬と丙、子・午の冲能力関係ですが、丙と壬は補映湖海と表現され、朝日が水平線から昇る風景や、夕日が水平線に沈む夕日百景などの風景なのです。

大運空亡を大きな変化として凶運ろする流派もありますが、明石家さんまさんは、今のところ変わりなく活躍されています。

この丙子の大運は、いわゆる大運の6旬目であり、月柱との天戦地沖。
サラリーマンなら、退職する時期に当たり、環境が大きく変わることが想像される運気です。

明石家さんまさんも、時々引退を仄めかしたりすることもあり、気持ちが落ち着かないところがあるのかもしれませんが、空亡していることでその象意が薄れているかもしれず、仕事を続けておられます。

自分でやめると決断しない限りは、補映湖海の美しい風景ですから、仕事が無くなることはないでしょう。

68歳~77歳・乙亥

乙亥。食神 帝旺運。
68歳から、亥水運となり、癸亥・壬に亥水のエネルギーが加わり、行動力がさらにアップするとなります。
乙の食神がもう一個加わりますので、さらにおしゃべりになるのでしょうか?

ただし、亥は11月を表し、季節は初冬となることから、乙木の植物の成長は止まり、冬の寒さに耐えられる温室が用意されているかどうか?が課題となります。
午火がありますから、厳寒とはなりませんが、年齢的に健康と仕事のバランスを考える時期になるのかもしれません。

また、乙亥と日柱の癸亥は自刑となります。
自分の何気ないお喋りが、トラブルにならないように、言葉に気をつけなければいけないかもしれません。

乙木は、神経や足・腰・骨です。

まとめ

明石家さんまさん、癸亥の日生まれが、今も現役で活躍されているのは、癸亥のボランティア精神というか、友人や縁のあった人みんなを大事に仕事をしてきたからではないでしょうか?

お体お大事に、今後も益々のご活躍を願っております。

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