己丑の有名人!比肩と傷官の盛田 昭夫1921年1月26日生まれの性格と運勢

26・己丑の日生まれの有名人

盛田 昭夫氏・1921年1月26日生まれは、井深大氏と共に、電気機器メーカー・ソニーの創業者。
命式は己丑の日生まれで、年・月・日の柱は、比肩と傷官だけの通変星のの性格と運勢
技術者であり、世界のソニーに育て上げた、実業家の性格と運勢を四柱推命占い。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

盛田 昭夫1921年1月26日の命式

日 月 年
己 己 庚 空亡 午未
丑 丑 申 九星 七赤金星
己 己 庚
比 比 傷
肩 肩 官
・ ・ ・
比 比 傷
肩 肩 官
墓 墓 木

己丑(つちのとうし)の日生まれ。
己丑・己丑の広い大地・比肩と、庚申の金属・傷官の命式。

比肩は、自立・独立の星であり、傷官は、自己アピールの星。

盛田 昭夫1921年1月26日の大運

03 13 23 33 43 53 63 73 83
己  庚  辛  壬  癸  甲  乙  丙  丁
丑  寅  卯  辰  巳  午  未  申  酉

大運は、3歳まで冬、4歳から春・34歳から夏の季節を巡り、徐々に温かい季節に向かうので、努力は報われ、成功することが想像されます。

大運は、3歳まで己丑で、冬の季節。
4歳~13歳まで庚寅・傷官。
寅は2月を表し、初春の季節に入りますが、まだまだ厳寒と言われる雪に覆われる寒いお天気ですから、親の環境に左右されます。

14歳~23歳まで辛卯・食神。
卯は3月を表し、いよいよ桜の芽も膨らんできました。

24歳~33まで壬辰。

壬は川や海がイメージ。
辰は4月を表し、己土の大地がイメージの盛田昭夫氏にとって、行動範囲を広げていく活発な運気とみます。

盛田 昭夫1921年1月26日のプロフィール

愛知県名古屋市出身
生家は、代々続いた造り酒屋で父・久左衛門は盛田家第14代当主の長男として生まれる。

墓は、墓を守ると言われ、長男や後継者の星と言われます。
長男ではありますが、後継者にはならなかったようです。

第八高等学校(現・名古屋大学)、大阪帝国大学理学部物理学科卒。

理学部・理数系は「傷官」?

大運・壬辰・正財

壬は川や海がイメージ。
己土からの通変星は正財で人脈や社交性、金運。
辰土は4月を表し、大地、交際範囲がひろがります。

1946年(25歳)丙辰(ひのえたつ)

七赤金星は震宮・東に在泊して、盛進の運期。

丙の太陽が己土を暖めて、辰土は4月の良く肥えた土・大地となりました。

井深大らとソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立、取締役に就任。

1950年(29歳)庚寅

日本初のテープレコーダー「G型」を発売。

1951年(30歳)辛卯

辛卯・食神

三省堂社長の四女・亀井良子と結婚。

大運・34歳~43歳癸巳

癸巳・偏財

1955年(34歳)・乙未

乙未・偏官

日本初のトランジスタラジオ「TR-55」を発売。

大運・44歳~53歳甲午

1959年(昭和34年)にソニー副社長、

1960年(昭和35年)
米国にソニー・コーポレーション・オブ・アメリカを設立し、取締役社長に就任。

1971年(50歳)に社長、

大運・54歳~63歳甲午

1976年(55歳)に会長就任。

1979年(58歳)己未
己未・比肩
丑と未の刑
大運と年運の天地徳合

ウォークマン発売。

大運・64歳~73歳乙未

1986年(65歳)経団連副会長。
1991年(平成3年)勲一等瑞宝章受章。
1992年(平成4年)英国王室から名誉大英勲章およびナイト爵の称号を受ける。
1993年(平成5年)11月、テニスのプレー中、脳内出血に倒れ、その後、会長の座を退き、ハワイで静養した。
1998年(平成10年)2月23日、フランスからレジオンドヌール勲章コマンドゥールを贈られる[2]。

大運・74歳~83歳丙申

1999年(78歳)己卯
己卯・比肩

78歳・10月3日午前10時25分、
肺炎のため東京都港区の東京都済生会中央病院で死去した。

肺炎は金系の病気・

井深大と共にソニーを世界企業に育て上げ、井深の技術的発想を実現すると共にソニーの発展を第一として活動.

技術者出身ながら営業の第一線にあり、トランジスタラジオ、ウォークマン等を世界に売り込んだ。

当時のソニーが技術開発の資金を調達することは、大変であったと思われる。
しかし、盛田はそれをやりぬき、トリニトロンの商品化を実現した。

私人としては
「社交性に富み、非常に親しみやすい」と言われる反面、十数代続く造り酒屋の跡取りとして、厳格な一家の家長であったと言われている。

ただし、子息に自己の思考を押し付けたり、特定の学校への進学等を指図する事はなかったという。

ソニー創業期の社員の給与は、盛田の実家の酒屋(盛田)から出ていたという逸話がある。

また常滑市南部の盛田一族及び縁故者もソニーの株を大量に購入して事業を支えた。

それほど創業期は資金面において苦しかった模様である。

また、銭形平次の原作者の、野村胡堂より出資を受けている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました