乙酉の有名人!新井浩文1979年1月18日の風景と性格&2018年の運勢

新井浩文1979年1月18日の誕生日の風景とそこから想像できる性格とめぐってくる大運によって、どんな運勢になっているのかを想像してみたいと思います。
九星気学は四緑木星。年盤艮宮に在泊して変化運でした。2019年は離宮に在泊して暗剣殺がついています。

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新井浩文1979年1月18日の命式

年柱:戊午丁・正財・偏財 長生

月柱:丑己・比肩・偏財 衰

日柱・酉辛・☆ ・偏官 絶

新井浩文1979年1月18日の命式の風景

乙酉(きのととりの日生まれ。
乙はお花やツル系植物がイメージ。

1月・丑月生まれですから、生まれた寒い雪に覆われた土・季節です。

年柱は、戊午(つちのえうま)、戊の高い山から午火の朝陽が昇ろうとしている風景だったり、戊を大きな建物・家と見た時には、午火が家の中のストーブや囲炉裏で燃えていて、酉金のお鍋を囲んでいるような、暖かい団らんの風景が想像されます。

新井浩文1979年1月18日の性格

乙酉・乙は花やツル系植物で柔らかい茎を持ちますから、考え方に柔軟性があります。
酉金は乙を整える刃物・ハサミを想像し、常に自分を美しい花や植物として認めて欲しい、褒めて欲しいという気持ちが強く、特に、年柱の午火は食傷の自己アピールの星ですから、控えめですが目立つ自分になりたいと、努力します。

戊・丑土は、財星。
社交性・人脈を表しますから、たくさんの人と交流を求めて活発に行動します。

午火の食傷と戊・丑土の財星で女性との縁がたくさんありそうです。
40歳になるのに、一度も結婚していないのは、優柔不断?な性格でもあるでしょうが、食傷を持つ人の特徴で、条件が結構厳しかったりするせいなのでしょうか?

新井浩文さんは、何となく有名になりたいと上京したと、ウィキペディアに書いてありました。
乙に寅・卯の根がありませんから、タンポポの綿毛のようにふうっと吹いたら、飛んでいく身が軽いというか、こだわらない性格が役者としての幅を広げ、演技派と言われることになったのでしょう。

乙酉・絶の性格と有名人

新井浩文1979年1月18日の大運

00~05歳:丑・比肩
06~15歳:・傷官
16~25歳:・食神
26~35歳:戊辰・正財
36~45歳:己・偏財・巳酉丑三合金局
46~55歳:・正官

大運は、5歳まで冬。
6歳~春の運が35歳まで。

36歳から夏の運へと変化しています。

06~15歳:丙寅・傷官

戊の山から登ろうとしていた午火の朝陽が、丙運によって昇り始めました。
寅は2月を表し、春の訪れ。

乙木は寅木に根ができて、成長を始めます。

16歳~25歳の大運:丁卯・食神

丁は食神・自己アピールの星。
卯は3月を表し、桜や春の花が咲く季節。

乙のお花は、丁火にとっては燃え続けるための燃料エネルギー。

まずは、人のために尽くす時期。
表現力を磨いていれば、チャンスはきます。

26~35歳:戊辰・正財

戊は山がイメージ。
乙のお花は、高い山の上で花を咲かせて、遠くからでも見えるような存在になります。
辰は4月を表し、暖かく栄養豊かな土壌です。

戊辰の高く、ひろいすそ野をもった山に出会う。
戊は財星ですから、大きな存在感のある人脈とのご縁が期待できます。

この時期、新井浩文さんはどんどん実力をつけ、有名になっています。

36~45歳:己巳・偏財

40歳の現在は、己巳(つちのとみ)運・45歳まで続きます。

己は大地・田畑がイメージ・通変星は偏財。

巳は五月を表し、季節は初夏となりました。

5月・初夏の己土運・通変星は偏財ですから、人脈が広がる運気・人気運のはずです。

でも、気を付けないといけないのは、巳・酉・丑の三合金局という組み合わせの運、大きな斧やハサミを想像する運になっています。

これは、乙の植物にとっては、斧やハサミで切られることがあるかも?と想像されるので、痛い思いをしなければいけないことが起こる可能性がある、と想像します。

2018年の戊戌(つちのえいぬ)は月柱の乙丑と天戦支刑の関係で大きな転換期になりかねない運気でした。

また、戌は午火と寅午戌の三合火局となり、命式の中で、金剋木となっていました。

これは、食傷と官星の戦いで、7月1日はまだ6月となり、戊午月で、暑い夏のカンカン日照りで、乙のお花・植物は水不足で枯れそうな状況。

2019年1月は、乙丑(きのとうし)。
またも、月柱と同じ干支となって、併臨となり、吉凶大きく分かれる転換期でした。

戊戌の財星運・女性とお金のトラブルに注意となっていましたが、乙のお花は根元から抜かれてしまうのでしょうか?
それとも、己亥の大地運だけに、これまでのお付き合いの仕方によっては、刑務所mで入らなくてもよいようの動いてくれる人がいるのでしょうか?

これまでの生き方が問われるようです。