宮本亜門さんは、ミュージカルやオペラ、歌舞伎などいろいろなジャンルの演出家として国内外で幅広い作品を手がける有名人ですが、中学・高校時代は友達がいなくて自殺未遂から高1の時引きこもりになったり、2019年2月には、前立腺がんが見つかって5月に手術されるとのことです。そんな時期の運勢と、これまでの仕事運を四柱推命で占ってみました。

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宮本亜門1958年1月4日の命式

七赤金星

日  月  年
    
    

空亡 申酉

辛巳の性格と有名人

宮本亜門1958年1月4日の大運

09壬子
19
29
39己
49戊
59
69丙午

大運は、19歳まで冬の季節、20歳~49歳まで秋・50歳~夏の季節を巡りますから、20歳から徐々に努力が報わる運勢です。
特に、30歳からの己酉・40歳から49歳の戊申の大運が酉・申の金星が辛金の根となり、大きな上昇運になる可能性があるとみます。

0~9歳まで壬子

壬は川や海がイメージ。
子は12月を表し、冬の寒い季節ですから、幼少期は、親の経済力や考え方が大きく影響する時期でした。

松竹歌劇団専属の元ダンサーだった母の影響で、銀座を中心に歌舞伎座、日劇、日比谷の映画館等に通ったり、幼稚園から、藤間流家元の藤間勘十郎の下で日本舞踊を習う。

この時期、映画館で知ったハリウッドミュージカルが好きになる。

また小学生頃(港区立白金小学校在籍)からは茶道をたしなみ、将来は真剣に裏千家の家元か日本美術史研究家になると夢見て、中学から仏像や神社仏閣の美に魅せられ、おこずかいを貯めて、奈良・京都に旅行。

母が肝硬変を患い、度々死の宣告を医者から受けていたこともあり、精神世界の美術に興味をもった原因にもなっている。

花街のど真ん中で育ち、周りは役者や芸者と花柳界の大人たちしかいない環境のため、同年代の友人と公園や広場で遊んだ記憶は極端に少ない。

(ウィキペディア)

10歳~19歳・

辛は自分の星だったり、兄弟や友人を表します。

辛・辛の組み合わせは、兄弟や友人とぶつかりあう、お互いに傷つくことになりやすい運勢です。
亥は11月を表し、水星でもあり、冬の冷たい水。

辛金は、壬子の冬の水・川に流されながら、磨きをかける時期ではありますが、何しろ寒い季節ですから、凍えて思うようにいきません。

冬の季節の川の風景は、寒くて人が訪ねてくる風景ではありません。
中高時代学校では孤立。
友達ができないことに加え、高校受験のストレスにより、肥満となるなど、玉川学園高等部1年生のとき不登校に陥り、約1年間引きこもり生活を送る。

窓の無い自室でミュージカルやクラシックなどの様々なレコードを聴く生活の中で、演出家を志すようになる。
1年生の終わりに慶應義塾大学病院の精神科で受けた小此木啓吾による治療が功を奏し、再び学校に戻る。

(ウィキペディアより)

20歳~29歳まで

大運の季節は冬から秋に代わりました。

庚は鋼金がイメージ。

辛の繊細さプラス、庚のたくましさが加わります。

玉川大学文学部芸術学科演劇専攻科へ進学。
4年生・親に内緒で受けたミュージカル『ピピン』のダンサーのオーディションに受かる。

慶應義塾大学病院の精神科で受けた小此木啓吾先生に相談、退学をして社会に出た方が良いとアドバイスを受け、玉川大学を中退。

1978年・戊・20歳

ダンサー・振付師時代

戊は印綬・知性・教養・資格・経験など。
午は6月を表し、季節は真夏です。

ミュージカル『シーソー』でダンサーとしてデビュー。

1980年・庚申

庚申・劫財(22歳)

庚は剛金でダイナミックな性格と行動力。
申は8月を表し、申は金星の根となり、強いエネルギとなり、存在感を増して大きくなります。

ミュージカル『ヘアー』に出演。
『アニーよ銃をとれ』『シカゴ』などに出演。

24歳・
池尻大橋にダンススタジオをオープンさせ、1年間の経営後、2年間ロンドンへ留学。

1983年(25歳)・癸亥

癸は雨や井戸水。
通変星は、食神。

亥は11月を表し、冬の季節。
癸亥は大雪が降っている風景ですから、次のステップに向けて、勉強しながらも自己アピール?

ロンドンにいる2年間で見た舞台の数は700以上とされる。
帰国後、演出家を目指すため名前を亮次から亜門へ改名。(現在、戸籍上でも亜門)。
演出家デビュー

1984・・正財

26歳

正財は人脈。

『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』で振付師デビュー。
その後もダンサー、振付師として活動する。
出演者の間、六本木のショータイムのあるクラブでアルバイトをし資金を調達して、ほぼ毎年ニューヨークへも訪れている。

1987年・

29歳

オリジナルミュージカル『アイ・ガット・マーマン』で演出家としてデビュー。

丁の通変星は偏官・丁が巡ると、辛・庚の金星は大きく変化する。

金属系は、丁火によって鍛錬されて、よりグレードの高い商品に生まれ変わるのです。

1988年戊辰

『アイ・ガット・マーマン』で文化庁芸術祭賞を受賞

30歳~39歳・己

己は偏印・新しい才能を身につけて、辛金は酉が根となって、より大きな存在となります。

1993年・・食神35歳

癸酉・食神・35歳

ネスカフェのゴールドブレンド「違いのわかる男」として一般的に認知されるようになる
「宮本亜門といえば、ブロードウェイ・ミュージカル」という違和感を払拭し、アジアへの興味を作品にしたいと、オリジナルミュージカルに挑戦するが、批評家が観劇しないという状況で極度のスランプに陥いる。

癸・食神は自己アピールの星、より目立つ自分になりたい!

大運・己土によって壬水が濁って透明感がうすれる事象だったり、癸の雨が降ると、川の水に泥が混じった流れとなり、辛金の輝きが見えない、見えにくい?

40歳~49歳・戊

ミュージカル『太平洋序曲』(Pacific Overtures)

2000年・辰・42歳

新国立劇場で上演。
この作品の作曲家のスティーヴン・ソンドハイム (Stephen Sondheim) が、高松宮殿下記念世界文化賞の授賞式に参加するために東京にいた事と、作詞家のジョン・ワイドマン(John Weidman)が、劇団四季のミュージカル上演のために東京にいた事が重なり、亜門版『太平洋序曲』(Pacific Overtures)を観劇。

亜門が巨匠のように崇めているスティーヴン・ソンドハイムの評価と感心が高く、高松宮殿下記念世界文化賞の受賞スピーチで、自分自身の事ではなく亜門演出がいかに素晴らしかったか!讃えられた。

2002年・

壬午・傷官
傷官は自己アピール、夏の水辺には人が集まります

リンカーンセンターの国際フェスティバルと、ワシントンD.C.のケネディーセンターへ招聘された。

2004年・

アメリカ人キャストでニューヨークのオン・ブロードウェイで東洋人初の演出家としてデビュー。

2005年・・47歳

トニー賞において同作品は4部門にノミネートされた。

50歳~59歳・

ミュージカル『UP IN THE AIR』
2008年・戊・50歳
水上勉の「ブンナよ、木からおりてこい」を原案にした作品。

2010年・

6月、ロンドンのウエストエンドで上演し、ウエストエンドデビューを果たす。
舞台劇『金閣寺』

2010年・

4月

KAAT 神奈川芸術劇場の初代芸術監督に就任。

2011年1月のこけら落としで三島由紀夫原作の「金閣寺」を舞台化。

2011年・

7月
『太平洋序曲』(Pacific Overtures)に続いて2回目となる、NYリンカーン・センター・フェスティバルに正式招聘された。
2012年1月にはアメリカからの凱旋公演として東京、大阪で再演された。

オペラ『魔笛』

2013年・

オーストリア・リンツ州立歌劇場のシーズンオープニングとして抜擢。
9月に世界初演。欧州でのオペラ初演出。
和太鼓 DRUM TAO『百花繚乱『日本ドラム絵巻』』(英題:DRUM HEART)

2016年・

2月
ニューヨーク、オフ・ブロードウェイにて上演。初の和太鼓演出作品。
能 x 3D『幽玄 YUGEN:The Hidden Beauty of Japan』

10月
日本・シンガポール外交関係樹立50周年を記念し、シンガポール・リバーナイトフェスティバルにて世界初演。
観世流能楽師出演。

2019年・己・偏印

2月に健康番組『名医のTHE太鼓判!』(TBS)で受けた人間ドックで、前立腺にがんのあることが判明。
同年4月12日に行った会見では、5月下旬に前立腺の全摘出手術を予定している。

(ウィキペディア・宮本亜門より)

まとめ