齋藤友貴哉(Honda)1995年1月5日は、2018年度の社会人ドラフト候補右腕の中で伸びる可能性が高い選手の三本の指に数えられる選手と、評価が高いです。
どこの球団に指名され、活躍されることになるのでしょうか?四柱推命占い

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1995年1月5日の命式


日  月  年
丙  丙  甲
    戌

:2
土:1
:1
:1
:1

1995年1月5日の風景

1995年1月5日は、丙申(ひのえさる)・十二運は病の日。

丙は太陽がイメージ。
申は、8月を表し、金属がイメージ、通星は財・お金・女性・妻。

丙・丙の太陽が二つ。

子は12月を表し、水星、川や海。

甲は樹木がイメージ。
戌は10月を表し、秋の土です。

丙の太陽が照らしている風景は、戌土の大地に子の川が流れ、甲の樹木が植えられています。

ただし、太陽が二つ並んで強い陽ざしとなり、12月の冬の季節生まれですが、暖かい土地の風景・帆英子会お天気が良く、甲の樹木の成長は著しいものと想像されます。
甲木は、丙から通変星は偏印・才能、そして「戌土」は食神の自己アピール。

1995年1月5日の大運

01 11 21 31 41
丙  丁  戊  己  
  丑  寅  卯  辰

大運、10年ごとに変化する運勢、30年ごとに春夏秋冬をめぐりますが、11歳まで、冬。

12歳~41歳まで春の季節から、吉運となり、才能発揮の時期と想像します。

12歳~21歳の大運:戊寅

丙の太陽の陽ざし

戊土は戌土の根ができ、安定した土地となります。

甲木は、寅木に根ができ、戊戌土の小高い山に根をしっかりとはって、成長していきます。

戊土は、高い山。

一般的なというよりは、限られた環境で?ということでしょうか?

22歳~31歳の大運:己卯

甲木の樹木は、己土の平地に根を移します。

1995年1月5日の性格

十二運・病は、カミソリの命という異名を持っています。
丙申・病の日生まれの性格と有名人丙申・病の日生まれの性格と有名人

1995年1月5日の適職

柔軟な肩ひじ関節を持つ。
甲木と申金の組み合わせがあり、申金・子水・甲木と流れ、丙火が見守る。

齋藤友貴哉投手、山形県東根市立小田島小3年生からいなほスポーツ少年団(軟式)。

東根市立第二中では軟式野球部と東根ヒーローズ(硬式クラブ)の二つを掛け持ちしながら頑張ったものの目立たず、山形中央高校では1学年先輩の横山 雄哉(阪神)、同期の須貝 勇哉(元:王子)の活躍を横目に、控えの投手で2試合登板のみ。

でも、神奈川県の桐蔭学園との練習試合で、たまたまピッチングを見ていた齊藤 博久監督の目に留まり、進んだ桐蔭横浜大に入学して運命は180度転換する。

桐蔭横浜大学ではピッチングフォームの改善、本格的なウエイトトレーニングした結果、3年時に神奈川大学リーグ初登板、最速149キロとなった4年春には4勝1敗、防御率1.01で左腕・高橋 拓巳(日本生命)とのダブルエースでリーグ優勝。

3連続完封を含む4完投勝利を挙げ最優秀選手賞を受賞。
全日本大学野球選手権でも、優勝した中京学院大を相手に2回3分の2無失点と上々の全国デビューを果たした。

ドラフト指名漏れとなりましたが、Hondaで成長曲線は上昇中・1年目から都市対抗デビューし、最速152キロをマーク。

2年目は3月の東京スポニチ大会準決勝で東芝相手に7回1失点で大会優勝・日本選手権出場の原動力となり、都市対抗南関東予選の第一代表決定戦・日本通運戦で先発を任され7回2失点で勝ち投手となり、大きく評価されています。